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心理コラム

SNSでは別人みたいになる。オンラインの自分も「本当の自分」?

普段の自分を知っている友達には、あまり話していない趣味がある。

でも、その趣味専用のアカウントでは、知らない人にも自分から話しかけられる。好きなものについて長い文章を書いたり、コメントで盛り上がったりすることもある。

日常では聞き役になることが多いのに、オンラインではよく話す。

そんな自分を見ていると、

「こっちの私は、少し作っているのかな」

と思うことがあるかもしれません。

けれど、場所によって振る舞いが変わることと、嘘の自分を演じることは同じではありません。

学校や職場、家族の前、親しい友達の前でも、私たちはいつもまったく同じ話し方をしているわけではないでしょう。

オンラインでも同じように、その場所だから出しやすくなる自分の一面があります。

アカウントが変わると、話せることまで変わる

友達とつながっているメインアカウントでは、投稿する前に少し考える。

「これを載せたらどう思われるかな」

「この趣味にこんなにハマっているって知られたら恥ずかしいかも」

そう思って投稿をやめることもある。

一方、同じ趣味の人だけが集まるアカウントなら、昨日見た作品について何時間でも話せる。欲しかったグッズが届けば写真を載せるし、初めて話す人にも「それ、私も好きです」と声をかけられる。

ここで変わったのは、性格そのものだけとは限りません。

誰に見られているか、何を話していい場所なのかが変わっています。

普段は出す機会が少なかった興味や話し方が、合う場所を見つけたことで表に出てきたとも考えられます。

だから、「現実では静か、SNSではよく話す」という違いだけを見て、どちらかを偽物だと決める必要はありません。

オンラインだから初めて気づく自分もいる

現実の人間関係では、一度できたイメージが続くことがあります。

「この子はあまりしゃべらない」

「こういうものには興味がなさそう」

周りからそう見られているうちに、自分でもその役割に慣れていくことがあります。

ところが、自分をまだ知らない人たちがいる場所では、そのイメージから少し離れやすくなります。

好きなものを紹介してみる。自分から会話を始めてみる。誰かの相談に長いコメントを書いてみる。

やってみたあとで、

「意外と人と話すのが嫌いなわけじゃなかった」

「好きなことなら、こんなに言葉が出てくるんだ」

と気づくこともあります。

オンラインの自分を見ることは、「本当の性格を判定する」ことより、どんな条件なら自分が動きやすくなるのかを知る手がかりになるかもしれません。

楽だったはずのアカウントが、いつからか仕事みたいになる

ただし、オンラインで自由に振る舞えているように見えても、いつも楽とは限りません。

最初は好きな写真を載せるだけだった。

それなのにフォロワーが増えると、

「前よりいい写真を出さないと」

「最近投稿していないと思われそう」

「このキャラで書いたら、こんなことは言わないほうがいいかな」

と考える時間が増えていく。

投稿したあとも反応が気になり、何度も画面を開く。いつもより反応が少ないと、文章や写真のどこが悪かったのか探し始める。

このとき気になるのは、「オンラインの自分が本物か偽物か」よりも、その自分を維持するためにどれくらい無理をしているかです。

好きなものを話すために作った場所なのに、そこで期待されている自分を守ることが目的になっているなら、最初とは少し意味が変わっています。

「誰にも見られない自分」と比べてみる

自分らしく使えているのか分からなくなったら、ひとつ想像してみる方法があります。

もし、その投稿に「いいね」の数が表示されなかったら。フォロワーが増えなくても。誰からも「あなたらしいね」と言われなくても。

それでも、この写真を載せたいか。この話をしたいか。

もちろん、人に見てもらうこと自体が悪いわけではありません。SNSは誰かと共有するために使う場所でもあります。

ただ、反応がなくても残る「やりたい」があるのか、それとも反応を維持することがほとんどになっているのか。

そこを分けてみると、アカウントとの付き合い方が少し見えやすくなります。

裏アカなら何を書いても安全、とは限らない

「ここでは本音を書ける」と思える場所があるのは、気持ちが楽になることもあります。

親しい数人だけの非公開アカウントなら、普段は言えない愚痴や悩みを書きたくなることもあるでしょう。

ただ、公開範囲を狭くすることと、その内容が外に出ないことは同じではありません。

スクリーンショットを撮られることもあれば、別の人に内容を伝えられることもあります。

特に、学校や職場、友人関係など現実の人間関係とつながっているアカウントでは、「鍵をかけているから大丈夫」だけで判断しないほうが安全です。

もし外に出たときに自分や誰かが大きく傷つく内容なら、投稿する前に一度止まって考える。

自分を表現する場所を持つことと、自分を守ることは両立できます。

アカウントごとの自分を、一人にまとめなくてもいい

趣味のアカウントではよく話す。仕事関係の人が見る場所では慎重になる。親しい人しかいない場所では弱音も書く。

それぞれの姿が違っていても、不思議なことではありません。

むしろ考えてみたいのは、どれが本物なのかではなく、

「この場所では、なぜこの自分が出てくるんだろう?」

ということです。

同じ趣味の人がいるから話しやすいのか。知らない人だから失敗を怖がらずに話せるのか。普段の人間関係から少し離れているから、本音を書きやすいのか。

反対に、期待されるキャラクターを守ろうとして疲れているのか。

その違いが分かれば、オンラインの自分から現実の自分について知ることもできます。

ネットでは簡単にできていることを、日常でも小さく試せるかもしれません。

趣味について一言話してみる。自分から一度誘ってみる。好きなものを一人にだけ共有してみる。

オンラインと現実の自分を無理に同じにする必要はありません。

どちらが本当の自分なのかを決めるより、それぞれの場所で何が自分を楽にし、何が自分を疲れさせているのか。

そこを見ていくほうが、いくつもの「自分」と付き合うヒントになるのではないでしょうか。

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